朝日新聞朝刊「経済気象台」

本屋を楽しむ

 本屋は想像力が膨らむ場所だった。パラパラと拾い読みし、時を忘れた。装丁の美しさに魅せられ、紙の手触りを楽しむ。先を読む楽しみを残してレジへ向かう。

 しかし、数年前からあまり行かなくなった。新聞や雑誌でみた本をアマゾンで検索してクリック。翌日には自宅に届くからだ。洋服も家電もクリック一つでことが足りる。宅配業界の悲鳴は、私たちの行動が引き起こしていた。

 そうして届いた本は案外、読まないことが多い。「クリックした瞬間が最高潮の時で、届いた時にはもう心は離れているのよ」とは友人の言葉。宅配業界で働いている人になんと申し訳ないことか。

 その宅配業界でも労働条件の改善などが急速に進み始めている。行き過ぎの後には、揺り戻しが起きる。

 先日の土曜日、私が住む地方都市の、「T」という本屋にでかけた。読書会に参加したのだ。ランチをしながら自分のオススメの本についておしゃべりする。一人の昼食よりいいかな、という程度の理由だった。

 参加料千円、昼食代千円。老若男女10人弱で、知らない人同士だったが話は面白く、そそられる本もあった。

 私は昔読んだ「フリーエージェント社会の到来」(ダイヤモンド社)を紹介した。雇われないで働く人が米国で増えている、という内容だ。私の周りには起業を目指す女性が増えている。「自分らしい働き方をしたい」「自分の裁量で仕事したい」などの理由だ。本と同じような現象が身近で起きていて、薦めたくなったのだ。

 「その本はうちに置いてますよ」と店員からいわれ、ちょっと驚いた。足が遠のいていたが、本屋もなかなかいいものだ、と思った。

 (福姫)

※この記事は朝日新聞朝刊「経済気象台」に掲載された記事を朝日新聞社の承諾のもと再掲したものです(承諾番号:20-2620)。この記事について、朝日新聞社に無断で転載することを禁じます。